2009年6月6日土曜日

「将の将」の思索の続き

どうすれば「将の将」になれるのかわからんと書いたが、前回の日記にすでに答えが出ておったわい。

要は後輩を尊敬する。

そして大さじ一杯の愛嬌があればいいんだ。


ただそれだけのこと。

いたってシンプルだ。

とはいえ、なかなか出来るもんじゃないけど。



昨日、元部員さんとメールのやりとりをした。

私はその方よりも年下なのに、常に私のことを尊敬してくださっている。

その人のメールを見て、そう思った。

2009年6月5日金曜日

技術発表会を終えて

今日は夕方から技術発表会だった。

考えるだけで、息が出来なくて困る。

昔、定期演奏会でソロを演奏したときもこんなに鼓動が早かったっけ?やっぱまだ病気治っとらんのかのぅ、とか思いつつ。

日中はあんまり仕事にならんかった。

 #日中というのは日本と中国に意味ではない。


とりあえずプレゼンしては最後の質問で「内容もすごく面白かったけど、プレゼン自体がうまいので、プレゼンに心がけているものは何ですか?」という好評をいただけたので、まずまずかなというところ。

内容とボリューム的にかなりの量だったので制限時間25分を守れるか心配だったが、ぴったり25分だった。

「天才かもしれない」って思ったわ。

内容も結構面白いものができたので、いずれなんらかの形で紹介したいと思う。



しかし気に入らないわぁ。

プレゼンを行ったのは、私と入社二年目の若手君。

彼は若手君だからしょうがないんだけど
・声が小さい
・内容がまとまっていない
・プレゼンの内容を自分自身があまり理解していない
・自分のことを「私」と言わず「僕」と言う
・服装がだらけている
等々プレゼンとしては厳しいものがあった。

笑顔を絶やさなかったのでそこは良かったけど。

周りの失笑も多かったし、役員からは何度も「声が小さくて聞こえない」というヤジが飛んできた。

本人は割と明るく気にしない感じで進めていたが、かわいそうでしかたがない。

そう、気に入らないというのは、役員というか技術発表会を若手にやらせて経験を積ませようとするシステムである。

ヤジについては、厳しいお客さんであれば、よくあることなので、本人にとっては確かにいい経験になるかもしれない。

しかしその他大勢、聴いている方は得られるものが少なく、人数*1時間無駄な工数を使うことになるのである。


それよりか、後ろの方でふんぞり返っていないで、上の人たちがどんどんプレゼンすべきだと思う。

ケチばっかつけてないで、自ら範を示せよということ。

ご立派なプレゼンをやってみせよ。

そして若手たちを感化せよ。

背中で教えようぜ。

そう思うわ。


うちの会社には人材育成の気風がない。

よく後輩やSEの友も言っているが、「やらせてみて這い上がって来れたやつだけが人材」的な空気が蔓延している。

私はそれにメスを入れたくて、今回のプレゼンの中で人材育成についてとりあげた。

全員(30名ちょいくらいかな)に2つ質問した。

1.今までで「こいつは私が育てた」っていう人がいる人?→0人
2.今までで「この人に育ててもらった」っていう人がいる人?→3人

驚愕の事実。


いかに人材育成しようという空気がないかおわかりいただけただろうか?


「プレゼンは若手にやらせよう」

顕著に現れてたなぁと肌で実感した。



別に若手にやらせてもいいと思うけど、注意事項をメールで伝えるだけじゃなくて、事前に講習してやらせるべき。

ちょっと放任し過ぎ。


こんな風潮、いずれぶっ壊してやりたいと思うのであった。

2009年6月4日木曜日

「将の将」について思索する

風邪薬が効いててふわふわする。

しかし、頭は冴えて眠れやしない。

日中寝てたから当たり前か。


明日、技術発表会だから、具体的にどう話そうかについて頭の中で思考がぐるぐるまわり、今から緊張して仕方が無い。


昨日の項羽と劉邦の思索の続き。


将 VS 将の将 と書いた。

「将」というのはその組織の中で一番有能でなければならない。

しかし「将の将」はそうある必要はない。

これが組織にどう影響してくるかというと、

「将」は自分が一番優秀だと思っているから、配下のメンバーを尊敬することが出来ない。

その中に「将」より有能な人がいた場合、「将」の器でその有能な人を推し量ろうとする為、矮小化されてしまう。

自分のことを過小評価するリーダーにつきたくなくなるのは当然だ。

私の職場でも多々あり、うんざりしている今日この頃。

年上を敬えなくてすません>上司。


「将の将」はどうだろうか。

有能なメンバーは、「将の将」からある能力において尊敬、重宝され、意見を登用し、全幅の信頼を持って任せてくれる。

自分は有能であり、活躍したいと思っている人からすると、いかに心地の良い組織だろうか。

そこまでわかっていても、結局のところ、「将の将」になるにはどうすればよいのか今の自分では良くわからん。

父の日

今日は風邪ぽいので会社を休んだ。

幼稚園から帰ってきた美佳ちゃんが「父の日ありがとう」といってくれた。



私には天才としか思えない(笑)

美佳ちゃんありがとう♪

2009年6月3日水曜日

項羽と劉邦〈上・中・下〉 司馬 遼太郎 (著)



先ほど読了。

はじめのうちは、「全然、三国志のほうが面白い」と思っていたが、三国志には無い味を感じるようになって、一気に読み終えてしまった。

四面楚歌ってあんな感じだったんだぁ。今まで安易に四面楚歌をつかってごめんなさい。>項羽


内容としては

項羽 VS 劉邦

という話だが、きっと

将 VS 将の将

とも言えるだろう。

項羽的なリーダーシップは結構魅力的で、かくありたいと思う。

韓信、張良、蕭何、彼らは男だけど惚れるねぇ。

また、使えるならどういう人格であれ、意見を採用してくれる劉邦的な人につきたいとも思う。

つまり私は将になりたいが、将の将にはそれほどなりたいと思っていないことがよくわかった。

しかし将の将の資質は非常に気になるところだ。

有能な士を引きつけて離さない劉邦の魅力ってどんなんだろうか。

側近のものにはすごく弱音をさらけ出すのに、意外と全軍の士気を気に出来る男。

砕いて言うと、お茶目なんだと思うわ。



踏まえて、先生のスピーチを読むととってもわかりやすかった。

戸田先生はじつにさまざまな角度から指導者論を展開し、教えてくださった。中国の史書『十八史略』についても勉強するよう、幾度となくすすめられた。また、みすがら教えてもくださった。そこできょうは、学会後継の指導者である諸君に、この『十八史略(上)』(林秀で明治書院)の中からいくつかのエピソードを紹介しておきたい。ただ原本のみでは、一般には若干むずかしいかもしれない。そこで、作家で歴史にも造詣の深い陳舜臣氏の『小説 十八史略』(旬日新聞社)からも参考に引かせていただくことにする。
 はじめに泰帝国の末期(紀元前三世紀末)、最初に反乱の戦端を開いた陳勝にふれておきたい。
 彼は若いころ、しがない雇われ農夫であった。あるとき、披は将来の夢を語って仲問にあざ笑われた。そのとき披は「嵯呼、熊雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや」(前掲、林秀一)と大きくため息をついたという。
 スバメやスズメのような小鳥には、オオトリやハクチョウのような大鳥の志がわかるはずがない。小人物に、自分を超えた器量の人物の大志大望が、どうして理解できようか——との嘆きである。これは本来『荘子』にある話だが、陳勝のことばによって有名になった。
 私どもの目的である広言流布は、最高の「大志」である。その遠大なる志、純粋にして壮大なる目的観と心意気は、社会の人々には、なかなかわからないであろう。まして濁世にあって、目前の利口的欲望や、既成概念にみずからの目を覆われてしまった人々には、想像すらできないにちがいない。ゆえに諸君は、すべてを悠々と達観しながら、大いなる「鴻鵠の志」を、使命の人生の大空に広げていっていただきたい。
 陳勝はやがて農民反乱(陳勝・呉広の乱)の指導者として立ち上がった。そのとき、九百人の農民を前にして行った名演説は有名である。
 「王侯将相、寧んぞ種有らんや」(同前)——王侯、将軍、宰相といっても、生まれつきそうなる人種が決まっているわけではない。皆、同じ人間ではないか。だれでもなれるのだ。われわれも、そうなってみようではないか。陳勝の人間としての捨て身の叫びは、聴衆の心を見事にとらえた。
 陳氏の『小説 十八史略2」では、この陳勝の名文句について、「貧農出身の陳勝は、おそらく正規の教育など受ける機会はなかったであろう。たいした学問はないはずである。それなのに、その時に応じて、名文句を旺くことができた。ひとを感動させる壷を心得ていたのだ。天賦の才能というべきであろう」と評している。
 また九百人の貧しい農民の決起について「みんなその心に不平不満をもっていた。しかし、それがばらばらでは『力』にならない。陳勝はその名演説によって、九百の不平不満をひとつにまとめ、それに火をつけた」(同前)と、陳勝の演説の力を高く評価している。
 言葉の力は偉大である。全魂の演説、指導、スピーチが人の心をとらえるとき、どれほどすばらしい可能性を開き、大きな価値を生むか、わからない。ゆえに指導者は一つ一つの話を決しておろそかにしてはならない。
 私も、これまでにも、あらゆる機会に多くの講演、指導等を行ってきた。今、立派な社会人として雄飛している友のなかにも、高校時代など、若き目に聞いた指導が成長の“原点”となったと語っている人が数多くいる。
 諸君もまた未来の人である。これからの人材である。将来は、どれほど偉人な指導者となるか、わからない。このなかから将来の学会の中心者、また社会のリーダー、世界的活躍をする人物が必ずや出ていくにちがいない。また、いざというとき、学会のため、広布のために、“あの人ありて”とうたわれる不惜身命の活躍をする勇者が現れることもまちがいないであろう。
 ゆえに私は今、青年に対する指導に全力をあげている。「只今臨終」の決意で、全魂をこめているつもりである。
 さて陳勝らの乱に乗じて兵をあげたく人の英傑がいた。これまでにも何度かふれた項羽と劉邦である。のちに漢を建国し初代の皇帝となった劉邦と、天下第一の勇士とうたわれながら最後は四面楚歌におちいり自害するにいたった項羽——。結果のみをみて論じるわけにはいかないが、やはりさまざまな面で二人の相違は大きかった。
 その一つに、指導者として「庶民の心を知る」ことができたかどうかという。点がある。庶民ほど人切なものはない。庶民の幸福こそ究極の目的であり、学会の根本精神もここにある。戸田先生も名もなき庶民一人一人を愛し、守り、その幸福を一切の判断の根幹にしておられた。この戸田先生の精神を今日まで員いたゆえに、学会は一切を乗り越えて勝った。奇跡ともいうべき大発展をした。
 諸君も、この尊き学会精神を立派に継承していただきたい。
 私が若さ諸君に、「苦労をせよ」「みずからを鍛えよ」と繰り返し申し上げるのも、その厳しさにもまれるなかにしか、優れた指導者になる道は絶対にないからである。
 甘やかされた特権階級になってはならない。「庶民の味」「庶民の心」のわからぬリーダーでは、民衆がかわいそうである。広布の前進にあっても、庶民性豊かな、だれもがホッとする指導者の存在が、どれほど大切なことか、銘記したい。
 劉邦と項羽の、もう一つの違いは、その人材群の厚みにあった。劉邦のもとには多彩な人材が集った。
 陳氏は「功があれば、かならず賞す。——これが劉邦軍の原則であった」「項羽軍はどうかといえば、すべての手柄は項羽のものだから、功が賞されることはなかったのである。項羽の勢いをみて、彼の下についた者も、けっして心服したわけではなかった」と書いている。ゆえに劉邦のもとでは「いろんな才能をもった人間が、それぞれ得意とするジャンルで、じゅうぶんに腕をふるうことができたのだ」(前掲『小説十八史略2』)と。
 やはり大切なのは指導者の度量であり、人間的魅力である。一人の力には限りがある。しかし指導者に人材を愛し、功績を公平にたたえる心があれば、人々の力を結集し、無限の力を引き出すことをも可能にするのである。
 劉邦の軍師であった張良は、決して短兵急の、あせった戦いはしなかった。ねらうのは、ただ一つ、天下の統一である。むしろ劉邦軍は、項羽軍の追撃から逃げつづけていたし、一見、負けつづけのようにみえた。
 「『連戦連敗……九十九敗して、最後の一勝、決定的な一勝を得ればよいのです』
 張良は繰り返してそう言った。
 九十九敗後の一勝、——それをいつもきかされている将兵は、敗戦しても、挫折感はすくなかった」(前掲『小説十八史略2』))とある。

 張良は、格好や見栄にとらわれなかった。要は「最後に勝つ」ことだ。その一点を見つめて、着実に時をかせぎ、力をたくわえることだ——。どんな苦戦を強いられようとも、決して大局を見失わず、動じなかった。そして将兵たちにも、その信念を訴えつづけ、「希望」と「確信」を与えつづけた。漢帝国の礎を築いた名将とうたわれるゆえんである。
 逆に、連戦連勝に見えた頂羽車は、いっこうにへこたれない劉邦軍の前に、しだいに疲れ、結局は大敗を喫したことは周知の事実である。
 劉邦が、この張良と並んで重用した名将に韓信がいる。有名な話がある。すでに皇帝となったある日、劉邦は韓信と雑談をかわし、諸将が何人くらいの兵を統率できるかという話題となった。(以下、会話の部分は前掲『十八史略(上)』)
 諸将をあげつらったあとで、劉邦が聞いた。
 「わしはどれくらいの兵の将となれるだろうか」
 すると韓信は、にべもなく「陛下は、せいぜい十万人ぐらいの将にしかなれません」と答えた。
 「では、お前はどうか」。劉邦が問うと、韓信はすかさず「多ければ多いほど、ますますうまく処理することができます(多々益々弁ず)」と。(笑い)
 これを聞くと劉邦は笑って「多ければ多いほどうまくやれるというならば、どうしてわしの檎となったのか」と鋭く突いた。(爆笑)
 韓信の答えがふるっている。「陛下は兵に将たるには不向きですが、善く将に将たる器量を備えておられます。これが私が陛下の檎とされた理由です。その上、陛下は世にいう天から授けられて人君となる素晴らしい運勢のお方で、とても人間業ではありません」
 まことにたくみな返答である(笑い)。よほど頭脳の回転の速い男だったのだろう。ぬけめなく自分を売りこみながら、皇帝を最大限にほめ上げている(笑い)。また事実、的確な劉邦評であった。
 じつは韓信は項羽のもとから劉邦に走った男だ。その韓信が「漢土(劉邦)は私の言を聴き、私を用いてくれた。私はそむくことはできない」という趣旨の述懐をするが、これは、まさしく人問心理の一つの真実を示している。
 これが戸田先生かよく指導された有名な「卒に将たるは易く、将に将たるは難し」の由来である。劉邦のそうした資質の一端は、先に述べたとおりである。

 #誤字脱字があったらすません。

なるほどぉ。

しかしまぁ、世の中、将を目指す人は多いが将の将を目指すの人は少ないように思う。それを考えると、一流の思想をあたりまえのように教えてもらってるんだなぁなんて思う。



本書とはあんまり関係ないけど、司馬遷のことが気になり始めた。

中学か高校でならったんだが、確か、お父さんの意思をついで歴史を纏めるんよね。

それできっかけは忘れられたが、投獄されて殺されそうになるけど、志半ば、死ぬことは出来ないって、殺される代わり、男性の性器を切り落とされるが、史記を書き上げたってな感じだったかな。

劣化する

何の根拠も無く、とっても感覚的な話で申し訳ないが、今ぼんやり思っていることがあるので書き綴っておこう。

書いているうちに考えていることがはっきりする場合もあるから。


ぼんやり思っていること、それは「自分一人で完結する情報は劣化する」んじゃないかなぁってこと。

時間が経つごとに90%,80,70%・・・て。

しかし、その情報を他で還元しようとして得られた情報というのは、劣化しない。100%、否、その情報+得た人の個性とか色付けにより120%くらいのものになるような気がしてならない。

具体的な例を示せる訳でもなく、反例も沢山ありそうなので、これぐらいにする。

サン宝石

今日、帰宅したらポストにこんなのが投函されていた。



育児に疲れてた嫁さんに渡したら、「キャー」ってテンションがMAXになった。

「もう届いたの?」

だって。自分で資料請求したのね。

サン宝石というものらしい。

そういえばこの前、テレビでやってたなぁ。

小学生をターゲットとしたアクセサリーの通販らしい。

それがまた、めちゃめちゃ安くて、爆発的な人気を得ているとか。

嫁さんは、美佳の為、美佳の為というが、自分の為だろうって心の中で突っ込みつつ、ペラペラめくってみた。



すごいね。本当に安い。

しかも送料150円程度。

小学生の手が届く商品ばかりである。


ぼんやり考え事をしながら見ていたら、

「なんだ、パパも興味あるの?」

って言われた。

いや、私が気になるのは、これを立ち上げた人である。

そして中核になってやっている人である。

永続的に人気が続くかどうかはわからんが、世の中で成功を収めている。

すげ〜なぁ。

とは、嫁さんには言わなかったが、そう思いながら資料を見ていた。

しかし驚いたことに、この会社、30年続いているんだね。



今度、原宿とかに連れて行かれることが若干憂鬱。

YUI 復活

1年ぶりですか。

今日、YUIのNewSingleがRelease。







これまで YUI は聴いてこなかったが、鋼の錬金術師に若干はまり気味の私は、毎週日曜に放映されている新しくなったハガレンを録画して、夜中に見ており、そのオープニングとして起用された again も無意識に擦り込まれて聴くようになった。

YUI のサウンドはなれると心地いいね。


ムービーが開けません

mp4の動画をveohからダウンロードしてQuickTimeで起動したら


ムービーが開けません 
ムービーで不正なサンプル記述が見つかりませんでした。

っていうエラーが出た。


嫁さんが見たいというので、QuickTimeはやめて、いろんな再生ソフトを試してみた。

唯一動いたのは、MPlayer。



とりあえず見れたは見れたが、さらに嫁さんの要求事項に「DVDに焼いて友達に渡したい」というものがあったので、エラー内容を検索してみたら、このサイトが引っかかった。




この人、半端ないね。

しくみとかはよくわからんが、このサイトに書かれてある手順でファイルを修正してみることにした。

ところが、objectTypeIndication=0x67と書いているのに、ダウンロードしたmp4のほうは0x6Bであった。

むりやり0x40に置き換えてみたが、エラーは変わらず。

いろいろ調べてみたが、音声が「MPEG-1 Audio Layer-3」ぽい。

0x40  Audio ISO/IEC 14496-3
0x66  Audio ISO/IEC 13818-7 Main Profile
0x67  Audio ISO/IEC 13818-7 LowComplexity Profile
0x68  Audio ISO/IEC 13818-7 Scaleable Sampling Rate Profile
0x69  Audio ISO/IEC 13818-3
0x6B  Audio ISO/IEC 11172-3
0x6D - 0xBF  reserved for ISO use
0xC0 - 0xFE user private

形式がわかったところで、私に解決できる手法は持ち合わせていない。

とりあえず、とっかかりとして、MPlayerでは見れたので、それで調べてみた。

ビンゴ!

MEncoderというのがひっかかり、たどっていくとffmpegXというツールが見つかった。



これを使えば、難なく変換できた。

しかしこのツールはいろんな形式に変換できるのでいいね。

2009年6月2日火曜日

MacBookのメモリ交換

私が今使っているのは07/05に発売したMacBookだ。

MacBook Core Duo
MA254J/A White 1.83GHz
メモリ:512M

これはMacがPowerPCからIntelに変わった直後に購入したもので
今にしてみるとスペック的に少々しょぼい。

購入した直後にCore 2 Duoが出たのは悲しかったなぁ。

こいつには最大2Gのメモリが載る。

今週末、会社で技術発表会があり、パワーポイントで資料を作っていたわけだが、マウスカーソルが虹色にくるくる回ることが多くなったので、2Gを載せたい衝動に駆られ、調べてみること2時間。

ふむふむ、MacBookはデュアルチャネルだから、同じ容量のメモリを2枚ささないと、効果がでないのね。

たどり着いたのはこちら。



1G2枚セットが送料入れて4k程度で売っていたので、嫁さんに「勉強の為」と泣き落とし、購入した。

振り込んだ翌日にはもう届いた。

便利な世の中じゃ。

さっそく交換してみよう。



これMacBookの背面。

左に見える「−」を十円玉で回すとバッテリーがとれた。



うちにある一番ちっちゃいドライバで3カ所のねじを外す。



カバーが外れ、2つ突起が見える。

これをぐいっと引けば、一緒に刺さっているメモリが出てくる。



購入したメモリを刺した。

結構固かったが、交換に所用したのはわずか5分。

簡単になったなぁ。

起動した。

起動が劇的に早くなった。



2Gになった!

パワーポイント使いながら他のツールを起動しても、さくさく動くねぇ。

技術発表会がんばります>嫁さん